Screenshot
旅行 — Journal

カトリックの「ミサ」の流れを徹底解説|ミサって何をしているの?カトリック教会のミサを最初から最後まで案内します

20 min read by maroke

クリスマスやイースターに「一度、カトリック教会に行ってみたい」と思う方は少なくありません。ところが実際に扉を開けてみると、みんなが同じタイミングで立ったり座ったり、聞き慣れないことばを唱えたりしていて、「いま何が起きているのか」がまったく分からない——そんな戸惑いをよく聞きます。

この記事では、カトリック教会の中心である「ミサ」について、始まりから終わりまでの流れを、ひとつひとつの所作の意味とともに解説します。信者でない方が参加するときの作法や、クリスマス・復活祭ならではの違いにも触れます。読み終えるころには、聖堂の中で起きていることの「地図」が頭に入っているはずです。

なお、ミサの最中に手元で流れを追えるように、ミサの式次第ページを用意しています。スマートフォンで開いて、実際の進行と見比べながらお使いください。

そもそも「ミサ」とは何か

ミサ(ラテン語 Missa)は、カトリック教会でもっとも大切にされている礼拝です。日曜日ごとに、そして毎日、世界中の教会で同じ骨格に沿って行われています。

ミサには、大きく二つの側面があります。ひとつは最後の晩餐の記念であること。イエスが十字架にかけられる前夜、パンとぶどう酒を弟子たちに与え、「わたしの記念としてこれを行いなさい」と命じたその出来事を、教会は二千年にわたって繰り返してきました。もうひとつは食事であり、祝宴であること。聖書には「天の国は婚宴のようなもの」という表現が繰り返し出てきますが、ミサはその先取りとして理解されています。

そしてミサは「司祭が行う儀式を信者が見ている」ものではありません。集まった一人ひとりが、応唱し、歌い、沈黙し、自分自身をささげる——全体が「神の民の業」として組み立てられています。ここを押さえておくと、後で出てくる細かい所作の意味がつながって見えてきます。

ミサは大きく4つのパートでできている

全体像はとてもシンプルです。次の4部構成を覚えておけば、途中で迷子になりません。

  1. 開祭 — 集まった人々がひとつの共同体になる導入部(約10分)
  2. ことばの典礼 — 聖書が朗読され、説教が語られる(約20〜25分)
  3. 感謝の典礼 — パンとぶどう酒がささげられ、聖体拝領へ(約25〜30分)
  4. 閉祭 — 祝福を受け、世に派遣される(約5分)

中心となるのは②と③です。教会はこれを古くから「二つの食卓」と表現してきました。前半で「みことばの食卓」に養われ、後半で「聖体の食卓」にあずかる。この二つは切り離せないひと続きのもの、という考え方です。

所要時間は、日曜日のミサ(主日のミサ)でおよそ60〜75分。歌が多いミサや、クリスマス・復活祭のような大きな祝日はもう少し長くなります。平日の朝のミサは30分程度と短めです。

行く前に知っておきたい実務的なこと

誰でも参加できる

カトリック教会のミサは、信者でない方も参加できます。予約も、事前の連絡も基本的に不要です。入口に案内係の方が立っていることも多いので、「初めて来ました」と伝えると、席や冊子の使い方を教えてもらえます。入信を勧められるようなことはまずありません。

時間・服装・持ち物

  • 到着時間:開始の10〜15分前が理想です。座席を確保でき、静かに心を整える時間もとれます。クリスマスや復活祭は席が埋まりやすいので、30分前でも早すぎることはありません。
  • 服装:普段着で構いません。スーツも礼服も不要です。ただし過度に露出の多い服装や、大きな音が出る靴は避けたほうが無難です。
  • 持ち物:とくにありません。聖書や聖歌集は教会に備え付けがあります。日曜日には『聖書と典礼』という4ページほどの冊子が配られ、その日の朗読箇所と答唱がすべて載っています。これがあれば朗読を目で追えます。
  • スマートフォン:電源はオフかマナーモードに。写真撮影は禁止ではない教会が多いものの、儀式の最中に歩き回っての撮影は控えるのが原則です。
  • 献金:ミサの途中で献金カゴが回ってきます。義務ではありません。入れる場合の金額に決まりもなく、そのまま隣へ回して構いません。

立つ・座るのタイミング

ここが初参加の方の最大の不安かもしれませんが、答えは簡単で、周りに合わせれば大丈夫です。無理に合わせる必要もなく、体調やご事情で座ったままでも誰も気にしません。おおまかな目安は次のとおりです。

  • 立つ:入堂のとき、福音朗読、信仰宣言、共同祈願、奉献文の前後、主の祈り、閉祭
  • 座る:第一朗読・第二朗読、答唱詩編、説教、供えものの準備、聖体拝領後の沈黙

細かい応唱のことばまで確認したい方は、ミサ中に手元で見られる式次第ページをどうぞ。会衆が唱える部分をまとめてあります。

【第1部】開祭 — ばらばらの人々がひとつの共同体になる

入祭の歌と入堂

歌が始まると、一同が起立します。十字架や、ろうそくを持った侍者に導かれて、司祭が入堂します。司祭は祭壇の前で深く礼をします。祭壇は単なる台ではなくキリストを象徴するもので、敬愛のしるしです。祝日には香がたかれることもあります。

入祭の歌には、ひとつの声にまとめる役割があります。

十字架のしるしとあいさつ

司祭が「父と子と聖霊のみ名によって」と唱え、一同が額・胸・左肩・右肩に手をあてて十字を切ります。ミサは十字架のしるしで始まり、十字架のしるしで終わります。これは洗礼のときのしるしでもあり、「わたしはこの神に属する者だ」という宣言にあたります。

続いて司祭が「主は皆さんとともに」とあいさつし、会衆が「またあなたとともに」と応えます。これは単なる「こんにちは」ではありません。旧約聖書で神が大きな使命を与えるときに繰り返された表現(モーセやギデオンへの言葉)で、「主が共におられる」ことを互いに確認し合う応答です。

なお日本の教会では、2022年11月27日(待降節第1主日)から新しい式文が使われています。この応唱も、かつての「また司祭とともに」から「またあなたとともに」に変わりました。ラテン語の原文により忠実に訳し直す、という方針で行われた改訂です。

回心の祈り

短い沈黙のあと、一同が自分の罪を認めることばを唱えます。「思い、ことば、行い、怠り」によって犯した罪を告白する形で、胸を軽く打つ所作を伴います。この「怠り」——すべきことをしなかった罪——が含まれているのが、この祈りの特徴です。

復活祭の時期などには、回心の祈りに代えて、司祭が会衆に聖水を注ぐ「灌水(かんすい)の儀」が行われることもあります。洗礼を思い起こすための所作です。

いつくしみの賛歌(キリエ)

「主よ、いつくしみを」と唱え、または歌います。ギリシア語で「キリエ、エレイソン」と歌われることもあります。ミサ全体でギリシア語が残っている数少ない部分で、非常に古い層に属する祈りです。

これは「哀れんでください」と自分を卑下する祈りというより、福音書の中で盲人や病人がイエスに向かって叫んだ、あの必死の呼びかけと同じことばです。2022年の改訂で、日本語の呼称も「あわれみの賛歌」から「いつくしみの賛歌」に変わりました。ミサ曲という旋律で歌われ、多くの教会ではミサ曲Aの旋律で歌われます。

栄光の賛歌(グロリア)

日曜日と祝祭日には、続いて栄光の賛歌が歌われます。冒頭の「いと高きところには神に栄光、地には善意の人に平和」は、キリスト降誕の夜に天使たちが歌った歌(ルカ2章)そのものです。以降の部分も、聖書のことばを寄せ集めたモザイクのような構成になっています。

注意点:この賛歌は待降節(アドベント)と四旬節(レント)には歌われません。つまり、クリスマス前の12月に平日のミサを訪ねると聞けませんが、クリスマス当日と復活祭では、待ちに待った歌として盛大に歌われます。復活徹夜祭ではこのときに鐘が一斉に鳴らされる教会もあります。

集会祈願

司祭が「祈りましょう」と呼びかけ、短い沈黙が置かれます。この沈黙は空白ではなく、各自が自分の願いを心に思い浮かべる時間です。司祭はそれらをひとつに集めて神にささげます。会衆は「アーメン」と応え、開祭が終わります。

【第2部】ことばの典礼 — みことばの食卓

ここから座って、聖書の朗読を聞きます。日曜日は3つの朗読が読まれます。朗読箇所は世界共通の3年周期(A年・B年・C年)で決まっており、日本中・世界中の教会で同じ日に同じ箇所が読まれています。

第一朗読(多くは旧約聖書)

信徒の朗読者が朗読台に立ちます。読み終わりに「神のみことば」と告げられ、一同が「神に感謝」と応えます。この「神に感謝」は、旧約から新約まで一貫する聖書的な礼拝の応答です。

答唱詩編

先唱者が詩編を歌い、会衆が繰り返しの一節(答唱句)を返します。詩編は「聞いたみことばへの、歌による応答」です。ここだけは会衆が歌う場面なので、冊子を見ながら一緒に口ずさんでみると、参加している実感が生まれます。

第二朗読(使徒書)

パウロの手紙などが読まれます。日曜日と祭日のみで、平日のミサでは朗読は2つ(第一朗読と福音)です。

アレルヤ唱と福音朗読

アレルヤ唱が始まると全員が起立します。「アレルヤ」はヘブライ語で「神を賛美せよ」の意味。福音書を迎えるための歓呼です。ただし四旬節の間はアレルヤを封印し、別の詠唱が歌われます。だからこそ、復活祭でアレルヤが戻ってくる瞬間は劇的です。

福音朗読は司祭または助祭が行います。「主は皆さんとともに」に続いて福音書の書名が告げられ、会衆は「主に栄光」と応えながら、親指で額・口・胸に小さな十字のしるしを記します。「みことばを、心で理解し、口で告げ知らせ、心に留めます」という意味の所作です。朗読の終わりには「キリストに賛美」と応えます。

朗読台の扱い、ろうそくや香、立って聞くという姿勢——これらはすべて、福音朗読が「キリストご自身が語っている」場面だという理解から来ています。

説教

着席して、司祭の説教を聞きます。説教を意味する「ホミリア(homilia)」は、もともとギリシア語で「説明」を指すことばです。教理を抽象的に語るものではなく、その日読まれた箇所が、聞いている人々の生活の中でどう生きるのかを結びつけるのが本来の役割です。10分前後が一般的です。

信仰宣言(信条)

日曜日と祭日には、起立して信仰宣言を唱えます。用いられるのは「ニケア・コンスタンチノープル信条」、または短い「使徒信条」です。聞いたみことばに対して、「わたしはこれを信じます」と応答する行為にあたります。復活祭の時期には、これに代えて洗礼の約束の更新が行われることもあります。

共同祈願(信者の祈り)

教会全体、世界、為政者、苦しむ人々、そしてその教会共同体のために、いくつかの意向が読み上げられ、会衆が短い句で応えます。自分たちのことだけでなく、世界のために祈るのがこの部分の特徴です。ここでことばの典礼が終わります。

【第3部】感謝の典礼 — 聖体の食卓

ミサの後半です。ここは便宜的に「①供えものの準備 → ②奉献文 → ③交わりの儀」の3つに分けて考えると分かりやすくなります。

① 供えものの準備(奉納)

会衆の中からパンとぶどう酒が祭壇に運ばれます。同時に献金が集められます。この二つは無関係ではなく、どちらも「自分の生活そのものをささげる」という同じ行為の表れです。

司祭はパンとぶどう酒を掲げて祈りますが、その祈りの中には「大地の恵み、労働の実り」ということばがあります。パンは麦から自然に生まれるものではなく、耕し、種をまき、刈り取り、こねて焼くという人間の労働を経ています。つまり祭壇に運ばれているのは、自然の恵みと人間の働きの両方です。自分の一週間の労苦をここに重ねる、というのが伝統的な受けとめ方です。

司祭が手を洗う所作(洗手)のあと、「祈りましょう」と呼びかけ、会衆が応唱し、奉納祈願で締めくくられます。

② 奉献文(エウカリスティアの祈り)— ミサの頂点

ミサ全体でもっとも中心となる、長い祈りです。次のような流れで進みます。

叙唱前の対話と叙唱

「主は皆さんとともに」「心をこめて、神を仰ぎ」「賛美と感謝をささげましょう」といった呼びかけと応答が交わされ、司祭が「叙唱」を唱えます。叙唱の内容はその日の祝いによって変わり、クリスマスにはご降誕の、復活祭には復活の神秘が語られます。

感謝の賛歌(サンクトゥス)

「聖なる、聖なる、聖なる」と歌います。
前半はイザヤが幻の中で見た、天使たちが神の玉座を囲んで歌う歌(イザヤ6章)。後半の「主の名によって来られる方に賛美」は、イエスがエルサレムに入城したときに群衆が叫んだことば(ホサナ)です。天上の礼拝と地上の礼拝がここで重なる、という理解が込められています。

聖霊を求める祈り(エピクレーシス)と聖変化

司祭がパンとぶどう酒の上に両手を広げ、聖霊が注がれるよう祈ります。ここで会衆はひざまずきます。続いて司祭は、最後の晩餐でイエスが語ったことば(制定句)をそのまま唱えます。「これはわたしのからだである」「これはわたしの血の杯」。

カトリック教会は、このときパンとぶどう酒がキリストの体と血になる(実体変化)と信じています。司祭がホスチアとカリスを高く掲げ、鐘が鳴らされる教会もあります。ミサの中で最も静まりかえる瞬間です。

信仰の神秘・記念・とりなし

司祭が「信仰の神秘」と告げ、会衆がキリストの死と復活、再臨を告げ知らせる短い応唱を歌います。続いて司祭は、キリストの受難・復活・昇天を記念し、教皇と司教、生きている人々、亡くなった人々のためにとりなしを祈ります。ミサが「自分たちだけの集まり」ではなく、世界の教会全体、そして亡くなった人々ともつながっていることが、ここで具体的に表明されます。

栄唱と「大アーメン」

司祭がホスチアとカリスを掲げ、「キリストによって、キリストとともに、キリストのうちに……」と栄唱を唱えます。これに会衆が力強く「アーメン」と応えます。この一語は、長い奉献文全体への同意の表明であり、しばしば「大アーメン」と呼ばれ、歌われることもあります。ミサの中で会衆が発する、最も重い「アーメン」です。

ちなみに奉献文には第一から第四まであり、司祭がその日に応じて選びます。第一奉献文(ローマ典文)は5世紀ごろから約1500年間用いられてきた古い形、第二奉献文は3世紀初頭の『使徒伝承』に由来する簡潔なもの、第三・第四はそれぞれ別の伝統に基づいて第二バチカン公会議後に整えられたものです。ほかに「ゆるしの奉献文」なども用意されています。同じミサでも、耳にすることばが日によって違うのはこのためです。

③ 交わりの儀 — 主の祈りから聖体拝領へ

主の祈り

全員が起立して、「天におられるわたしたちの父よ」と唱えます。福音書の中でイエスが唯一、はっきりと教えた祈りです。

主の祈りのあと、司祭が「すべての悪から解放し……」という副文(エンボリズム)を唱え、会衆が「国と力と栄光は、永遠にあなたのもの」と応えます。これはダビデ王の祈りのことば(歴代誌上29章)に由来し、やはり『ディダケー』にも見られる古い唱句です。

平和の祈りと平和のあいさつ

司祭が教会の平和と一致を願って祈ったのち、「互いに平和のあいさつを交わしましょう」と呼びかけます。会衆は近くの人と会釈をし、「主の平和」という挨拶をします。

これは休憩時間の社交ではありません。ラテン語の原文は「互いに平和をささげ合いなさい」というニュアンスで、いま自分が受け取っている神からの平和を、相手に手渡す行為とされています。初代教会の信者が交わしていた「聖なる口づけ」(ローマ16章など)に由来し、遅くとも紀元155年ごろの殉教者ユスティノスの記述にはミサの中の実践として登場します。初めて来た方も、隣の人が会釈をしてきたら、同じように返せば十分です。

パンを裂く/平和の賛歌(アニュス・デイ)

司祭がホスチアを裂きます。「パンを裂く」という表現は、古代ユダヤ社会では食事の開始そのものを指すことばであり、初代教会ではミサ全体を指す呼び名でもありました(使徒言行録2章)。ひとつのパンが分けられ、多くの人がそれにあずかることは、そのまま「多くの人がひとつの体になる」ことを表しています。

司祭は裂いたホスチアの一片をカリスに入れます(混合)。かつてローマでは、教皇が聖別されたホスチアの小片を市中の司祭たちに送り、司祭がそれを自分のカリスに入れることで、司教との一致を表していました。その名残とされる所作です。

その間、会衆は「平和の賛歌(神の小羊)」を歌います。洗礼者ヨハネがイエスを指して言った「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1章)に基づく歌です。

聖体拝領

司祭がホスチアを掲げて招きのことばを唱え、会衆が拝領前の応唱を返します。この応唱は2022年の新しい式文で改められ、福音書の百人隊長のことば(マタイ8章「わたしはあなたをお迎えするにふさわしい者ではありません」)に近い、より原文に忠実な表現になりました。実際の文言は式次第ページで確認できます。

そして信者が列を作って前に進み、司祭や聖体奉仕者から聖体を受けます。「キリストの御からだ」と告げられ、「アーメン」と応えてから拝領します。手のひらで受ける方法と、舌で受ける方法があります。

信者でない方はどうすればよいか

ここが、初めて参加する方にとって最も気になる場面だと思います。答えははっきりしています。

  • 聖体を受けられるのは、カトリックの洗礼を受けた信者だけです。これは差別ではなく、聖体を「キリストの体そのもの」と信じる信仰を前提にした儀式だからです。
  • 洗礼を受けていない方は、席に座ったまま静かに待っていて構いません。それがいちばん自然で、失礼にもあたりません。
  • 多くの教会では、希望すれば司祭から祝福を受けられます。その場合は他の人と一緒に列に並び、司祭の前で手を合わせて軽く頭を下げ、「祝福をお願いします」と伝えてください。司祭が頭に手を置くなどして祝福してくれます。

教会によって案内の仕方が異なるので、迷ったら座って待つ、が安全です。

拝領のあとには沈黙の時間が置かれ、聖歌が歌われることもあります。最後に司祭が拝領祈願を唱え、感謝の典礼が終わります。

【第4部】閉祭 — 送り出される

共同体からのお知らせ(行事の連絡など)があり、その後、司祭が会衆を祝福します。「全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように」と唱えられ、一同が十字を切ります。クリスマスや復活祭のような大きな祝日には、より長い「荘厳な祝福」が用いられることがあります。

最後に「行きましょう、主の平和のうちに」といった派遣のことばが告げられ、会衆が「神に感謝」と応えて、ミサは終わります。

ここは見落とされがちですが、重要な部分です。「ミサ(Missa)」という呼び名そのものが、ラテン語の閉祭のことば「Ite, missa est(行きなさい、派遣される)」に由来しています。つまりミサは、聖堂の中で完結する儀式ではなく、受け取ったものを持って外の生活へ出ていくところまでが構造に組み込まれている、という理解です。退堂の歌が歌われ、司祭が退場したら、自由に席を立って構いません。

クリスマス・イースターに行くなら知っておきたいこと

クリスマス(主の降誕)

12月24日の夜のミサ(夜半のミサ)と、25日の日中のミサがあります。日本では24日の夜が最も参加者が多く、席が埋まるため、開始のかなり前から着席の列ができる教会もあります。多くの教会では、ミサの前に馬小屋(プレゼピオ)の飾りつけが完成し、幼子の像が置かれます。

この日は、開祭で歌われる栄光の賛歌が、まさに「天使たちの歌」として響きます。待降節の間ずっと歌われずにきたものが、この夜に戻ってくるという構成です。

イースター(復活祭)

復活祭は日付が毎年変わる移動祝日で、教会暦の中で最も重要な祝いです。前夜の「復活徹夜祭」は、通常のミサとは構成が大きく異なります。

  • 光の祭儀:暗い聖堂で火が祝福され、復活のろうそくが灯され、参加者のろうそくへ火が分けられていきます
  • 復活賛歌(エクスルテット):長く美しい賛歌が歌われます
  • ことばの典礼:通常より多くの朗読が、創世記から順に読まれます
  • 洗礼式:この夜に洗礼を受ける人がいる教会も多く、参加者は洗礼の約束を更新します
  • 四旬節の間封印されていたアレルヤが復活します

時間は2時間を超えることもありますが、カトリックの典礼を一度体験するなら、最も内容の濃い夜です。短時間で参加したい方には、復活祭当日の日中のミサ(通常どおり約1時間)をおすすめします。

おわりに

ミサの流れを追ってみると、ひとつひとつの所作やことばに、聖書に由来する意味が織り込まれていることが分かります。額と口と胸に切る小さな十字、パンを裂く手、隣の人と交わす会釈——見ているだけでは通り過ぎてしまう動作の背後に、二千年分の理由があります。

もちろん、初めて参加するときに全部を理解する必要はまったくありません。むしろ、聖堂の静けさや歌声、ろうそくの光といった、ことば以前のものを受け取るだけでも十分です。この記事が、その一歩を踏み出すときの安心材料になれば嬉しく思います。

実際に参加するときは、ミサ式次第のページをブックマークしておいてください。会衆が唱えることばをその場で確認できます。

参考・おすすめの資料