東日本大震災1周年

きょうは2012年3月11日。

ちょうど1年前の今日、三重大学の後期入試のため、三重県津市に来ていた(1枚目の写真)

入試会場の下見を終え、津駅のコーヒーショップで休憩していたときに地震は起きた。その後、ホテルに着きテレビをつけて規模の大きさを知った。

テレビでは岩手県釜石市の映像が流れていた(ちょうど2枚目の写真がそのときホテルのテレビを撮影した写真)。さっきまで見えていたはずの道路がみるみる波に飲み込まれ、そして車は流されていった。

そして三重にも津波警報が出た。あすの入試はあるのか心配しながらこの日は夜までテレビを見ていた。夜になると炎で包まれた街が映しだされた。

入試は予定通り行われた。

入試の時間にはまだ三重県沿岸に津波警報が出ていた。それにも関わらず、海から100メートルも離れていない大学で入試があるというのが少し疑問に思ったが・・・。

それから忙しい1ヶ月が過ぎていった。入学手続や、あたらしい家決め、引越し、入学など。その間もCMが消えたテレビからはずっと、悲惨な被害の様子が流れ続けていた。

そして、少しでもお手伝いができたら と、震災から3ヶ月の6月に地域のボランティアセンターを通じて岩手県山田町へボランティアへ行ってきた。

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三重県からバスで16時間、沿岸部に近づくと急に津波の跡が目の前に広がった。街全体から海のにおいがしていた。

その日のお昼から、さっそく作業をはじめた。初めは津波で家の基礎以外すべてを流された家のガレキの片付け。そこのおじさんは「生きている植木だけはとっておいて欲しい」と話していた。おばさんは「こんなに海が近いと思わなかった。この前までは(家がいっぱいあったから)海は遠いとおもっていたのに、今ではすぐそこに見える。」多くの人がそう言っていた。

ボランティアではガレキの撤去のほかに、全国各地から送られてきた支援物資の仕分け、避難所で暮らす方々へのお弁当の配布、流された思い出の写真の整理などが行われた。

お手伝いをしていると、そこの家の人から、昔の街の様子や震災当日の様子をたくさん聞くことができた。これも実際に行ってみないと分からないことだろう。

山田町の海岸から見る海は綺麗だった(6枚目の写真は山田町市街地から山田湾をのぞむ)。ボランティアの人を乗せた車を運転してくれた地元のおじさんは言っていた、「また山田町においで。おいしい魚いっぱいあるから。」

ぜひまた行きたいと思う。

きょうで1年。みんなそれぞれいろんなことを考えた1年だったと思うが、あの日のことを忘れないようにしたい。

そして、今までよりもずっと元気な街が早く戻ってきますように!

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